関口 直人

CM音楽プロデューサー

銘酒と旬肴 樋川

舌鼓打ち、一首一献

「樋川」は沖縄で「ひぃじゃー」と言い、泉とか井戸、水の湧く所という意味だ。沖縄を故郷とする店主、仲村康さんが繁盛を願い命名したところ、大岡山の人気店となり、今年の8月20日で10周年を迎えるに至った。近年は毎年ミシュランのビブグルマンに選ばれていて流石だ。

 サザエさんの親戚が住んでいそうな街の商店街を抜け、角を曲がると粋な看板が見えてくる。店は狭過ぎず広過ぎず、丁度心地よく寛げる広さで、カウンター8席、テーブル13席だろうか。店内は品良く、きちんとしているが決して気取っていない。ヱビスの生、それに地ビールの生が3種類、日本酒は厳選された美酒が凡そ50種類ほど用意され、純米吟醸の生酒を中心に、純米大吟醸、純米酒と並び、メニューには造りの情報も丁寧に記載されている。

 まず楽しみなのは日替わりのお通しだ。まさに旬の一品が工夫されて出て来る。生シシャモの天婦羅が小皿の上で泳ぎながら現れた時の見事なこと。口に含めば軽い歯触りで美味しく、嬉しくなる。

 魚も野菜も、季節を味わえるご馳走にする技は、樋川の最大の魅力と言える。春は南会津から採れ立ての山菜の数々、三浦半島・佐島の夏野菜に秋のキノコなど。また彩り野菜の煮浸しも美しさに思わず拍手したくなるのだ。鯵の唐揚げ土佐酢掛けも人気の料理で、二度揚げした鯵に目の前で土佐酢を掛けると、ジュジュジュジューっと音まで美味そうな絶品だ。土鍋で炊くご飯も是非味わって頂きたいもの。春は蛍烏賊や筍、秋は栗やその他色々だが、時間が掛かるので40分ほど前に注文する。魚は豊洲の他、佐島に毎週仕入れに行くのだ。ウィンドサーフィンしながら、釣って来るとか。まさかね(笑)。

 実は開店して間もなくから、仲間で短歌の会を第1木曜日に催して飲んでいる。名付けて『一木会』とは、そのままだ。昨年5月、年号が令和に改まった最初の木曜日に、何と第100回を迎えた。短歌というのは飲む口実のようなもので、時々お酒と話で盛り上がり、短歌を詠むのをうっかりしそうになるというような有様。そんな僕等に優しい仲村夫妻は気を配り便宜を図ってくれる。10年続いたから、もう10年、更に10年と、不老長寿の酒と四季の恵みに舌鼓打ち、一首一献を楽しみに大岡山の頂きへ通いたいと願っている。

仲村に清き泉の湧き出でて大岡山の樋川麗し    
       酔楽囀

東京都大田区北千束1-54-10
TEL 03(3718)8760

村瀬 英貴

『Barnezz』オーナー

Mangiafuoco

パスポートの要らない
イタリア食の旅

 「イタリアにイタリア料理はない。たくさんの郷土料理があるだけだ」とはよく言われる言葉である。南北に長いイタリアでは、山岳・平野・海洋と変化に富んだ気候風土が多彩な食材を育み、独特の調理法により数々の郷土料理が生まれた。

 つまり、我々日本人がイタリア料理と聞いて思いつくものの多くは、その郷土料理のひとつに過ぎないのだ。

 日本でも、それらを「イタ飯」と呼んだ軽薄な時代を経て、イタリア各地の郷土料理を楽しませてくれる専門店が増えてきた。

 その中で、今回ご紹介する『マンジャフォーコ』のコンセプトは〝イタリア食の旅〟。イタリア20州を、その郷土料理とワインで自在に旅することができるレストランだ。

 京王線初台駅からすぐ。店を切り盛りするご夫婦の朗らかなお人柄が表れた、明るく健康的な印象の店内。5月にオープンして2周年を迎えるが、すでに壁には、店を訪れたたくさんのワイン生産者らのサインが。ワインだけでなく食材においても、国内外の生産者を直接訪ねて旬のものを積極的にメニューに取り入れている。

 3月の初旬に伺った時には、ヴェネト産の太いホワイトアスパラガスを、ゆで卵を使った現地の食べ方で。また、同じくイタリアから取り寄せたラディッキオ・タルディーヴォ(チコリの仲間でキク科の野菜)のソテーは甘くほろ苦く、春の訪れを感じさせてくれる一品だった。

 そして特筆すべきは、魚介類を使ったメニューが充実している点。都内のサルディーニャ料理の名店やイタリアで経験を積んだシェフが、その日に入荷した魚に合う調理方法を提案してくれるのは楽しみのひとつだ。

 訪れるたびに異なる、旬がいっぱい詰まったメニューは夫妻の旅の記憶。

 こんなご時世だからこそ、パスポートの要らないイタリア食の旅へ。

東京都渋谷区初台1-38-10 1階
TEL 03(6276)1796

進藤 伸二

コピーライター

レストランテ風

ときめいた、その日がぼくの
勝沼ワイン記念日。

 メインは和牛のローストビーフをチョイスした。普段はあまりローストビーフに関心がないのだが、こちらに来店するときは必ずローストビーフを選ぶことにしている。

 コース料理のクライマックスになると、ワゴンを押しながらシェフが登場。とろけるような霜降りと赤身の2種類の肉を、その場で切り分けてくれる。ぼくは、ちょっと多めに切ってくれないかなと、淡い期待を寄せつつ、その様子をわくわく眺めている。居酒屋で日本酒を目の前で注いでもらうときに、「もっと入れてくれ…」と心の中で静かに祈る、あの感じと同じだ。

 皿をテーブルに移しながらシェフが言う。ぜひワサビで食べてみてください、白ワインが合いますよ、と。ぼくはその提案に素直に従い、肉と白ワインを口にする。ああ、旨い。鼻に抜けるワインの香りやマリアージュのことはよくわからないが、思わず笑ってしまうこの幸せな気分は、しみじみ実感できる。

 山梨県勝沼町の『レストランテ風』。

 長崎の大浦天主堂をイメージしたという店内は、高さを確保したドーム型の天井(リブ・ヴォールト)が広々とした神聖な空間を創りだしている。小高い丘の上にあるので、窓際の席から甲府盆地と葡萄畑を見渡せるのも魅力だ。

 この店のいちばんの特長は、1937年創業という歴史あるワイナリー『勝沼醸造』の直営レストランだということ。勝沼町内にある全てのワイナリーの酒を置いているほか、フランスのワインも多数常備しているようだ。シェフが薦めてくれた白ワインはもちろん勝沼醸造のものだが、残念ながら銘柄を失念してしまった。

 ぼくはコース料理の他にチーズを頼み、料理の合間に勝沼醸造のワインを楽しむのが好きだ。一緒に食べるパンもまた美味しい。この日は、スタッフが薦めてくれたハードタイプのチーズで、花びらのように薄く削って提供される「テット・ド・モワンヌ」がたいそう気に入ってしまった。

 ちなみに、近所にある勝沼醸造の母屋は古い日本家屋で、ワインの試飲や販売も行っている。

 それまでワインの味がよくわからなかったぼくは、2001年にこの店を訪れ、決して高額ではない勝沼醸造のワインを知ってから「ワイン好きかも…」と思えるようになった。あの日のときめきは、いつまでも忘れたくない。

山梨県甲州市勝沼町下岩崎2171
TEL 0553(44)3325

南 美希子

エッセイスト・コメンテーター

ろくごう

自宅のような寛げる空間で
客人をもてなすおばんざいと酒

 舌の悦楽とホスピタリティを求めるのであれば、店選びにさほど苦労はしない昨今の東京である。が、団欒をメインディッシュにし、静かで落ち着いた空間で品数豊富な家庭料理を味わえる店を探すとなると、そう易々とは思い浮かばない。恵比寿駅に程近いこの「ろくごう」は、多忙を極める女性経営者が、打ち上げや商談、密談などで気の置けない人々と身体に優しく家庭的で美味しい料理を食する場が欲しいという自らの願望を形にした店だ。

 紹介制というハードルはあるが、自宅のような寛げる空間で、多種多様のおばんざいと選りすぐりの酒で客をもてなしたいという思いが容易に叶うのだ。店を貸し切りたい、お気に入りの酒を持ち込みたい、要望に沿った料理を用意してほしい(イタリアンやパーティー料理といった希望にも応えてくれるそうだ)などの客のわがまま放題も、早めに伝えさえすればOKという何とも有り難い店だ。

 基本のコースは週替わりだというが、例えば、きんぴらやポテトサラダなどの5品のおばんざい、昔懐かしいスパゲティナポリタン、特製メンチカツ、和牛のたたきと続く。メヒカリの唐揚げや煮魚の日もあるらしい。お酒の品揃えも豊富で、特に第65代横綱・貴乃花がプロデュースした「貴乃花」はキレ、芳醇な香り共に申し分なく、料理を華やかに引き立ててくれる。料理のシメは釜炊きご飯と味噌汁と香の物。これにデザートがつく。

 特筆すべきはご飯の友で、こちらが魅力的極まりない。新潟から取り寄せた卵黄がひと際濃い生卵。自家製いくらと梅干し。たらこの産地として名高い北海道は虎杖浜(こじょうはま)の生たらこ。しらすとくるみの佃煮・紫蘇入り青唐辛子味噌も同じく自家製で、いずれも何回でもお代わりしたくなる。ご飯の友の中からお好みのものをお持ちしますと言われ、ここでもわがまま全開で全てお願いすることにした。とっておきのおかずで銀シャリを頬張る至福がここにはある。

 料理にさらなるイベント性を求めるならば、きりたんぽや水炊きなど、鍋物も用意できるそうだ。最近では自前で蟹を持ち込み、カニ鍋をオーダーした強者もいたそうで、わがままを言ったもの勝ちのようなところがこの店にはある。

 店名の「ろくごう」は富士山の6合目のことだそうで、常に頂上を目指し続ける謙虚さを忘れないため、とのことである。

東京都渋谷区恵比寿西1-13-6 ブラッサムZEN2階
TEL 03(6277)5501