宮内対談

コンサルティングファームを経て起業し、大手メーカーのエンジニアだった夫が技術面、妻が経営全般とそれぞれの強みを活かした役割分担のもとプリント基板検査装置メーカーとして世界第2位のシェアを占めるグローバル企業へと成長させた。
一昨年に社長退任後はリーマンショックなどの厳しい経営環境を乗り越えてきた経験と知見を活かして企業の社外取締役を務める傍らライフワークである茶道や女流義太夫など日本の伝統文化を楽しむとともに次世代への継承に心を砕く多忙な日々を送っている。

秋山 咲恵((株)サキコーポレーション ファウンダー)
経験と知見で世を照らす ライフワークは日本の伝統文化

宮内
本日はお忙しい中お越しいただき、ありがとうございます。

秋山
お招きいただき、ありがとうございます。よろしくお願いいたします。

宮内
ご出身はどちらですか。

秋山
奈良市の西大寺の近くです。東京に出稼ぎに来て、30年以上になります。。

宮内
西大寺ですか、いいところですね。京都の人気は相変わらずですが、近頃は奈良も脚光を浴びていますね。

秋山
そうですね。京都をはじめ観光地に行くと、中国人の観光客が圧倒的に多いですが、奈良は意外とヨーロッパ系の方が多いです。

宮内
東京国立博物館で「出雲と大和」という特別展が開催(3月8日まで)されていて、先日行ってきました。『日本書紀』の成立から1300年を記念して開催された展覧会で、現在の奈良県にあたる「大和」が古代日本国家の成立に重要な地域であったと紹介されていました。『日本書紀』と同時期に編纂された『古事記』が現存する日本最古の歴史書だと言われていますが、古代の歴史がもっとわかるといいなと思います。

秋山
邪馬台国がどこにあったのか、「邪馬台国論争」というのがありますが、地元ということもあって興味をもって本をいろいろと読んでいて最近わかったのが、なぜあんなところに都があったのかというと、出雲もそうですが鉱物資源があるのです。奈良の奥のほうに、朱塗りの漆をつくるのに必要な鉱物資源が採れるところがあって、それを大和朝廷は中国に輸出して経済基盤を築いていたと。昔は資源を押さえた人たちが国を司っていたということなのですね。

宮内
奈良というか「大和」はこれからもっと注目されると思いますよ。

秋山
嬉しいです。ありがとうございます。地元なので、『正倉院展』は毎年というわけにはいかないのですが割合行くのです。奈良時代の宝物を実際に今見ると、もう1300年以上経つわけですが、技術のレベルがものすごく高くて、国宝というのはこういうもののことを言うのだなと、つくづく思います。

宮内
中国をはじめインド、イラン、ローマなど、当時の世界の文化圏の要素を取り入れた最高級の美術工芸品の数々があり、それらは大陸から伝来してきたわけですが、世界中を見ても日本にしか残っていないらしいのです。そういう意味では、正倉院というのは世界の宝でしょうね。

秋山宮内
東アジア研究の権威として知られるアメリカの社会学者、エズラ・ヴォーゲルさんが、『日中関係史 1500年の交流から読むアジアの未来』(日本経済新聞出版社)という本を出されたのです。先日、日本へ来られた時に久しぶりに食事をご一緒したのですが、「ぜひ読んでください」と、その本をくださったのです。

日本と中国の関係の始まりは、1500年前の遣隋使の時代。日本は、当時の先進国であった隋や唐から技術や文化を習おうとして、遣隋使・遣唐使という遣使団を派遣したのですが、そのうちに唐が滅亡して争乱の時代に入ると勉強することがだんだんなくなって、かなり薄い関係になっていったと。交流の薄れた時期と盛んな時期と、年代によって両国の関係性に違いがあるということが書かれていて、面白いなと思いながら拝読しました。

今年90歳になる先生の、600ページ余もある大力作で、約10年を費やして書かれたそうです。