牛尾治朗対談

東京大学社会科学研究所教授、NIRA総合研究開発機構理事を務める宇野重規さん。
東大生時代に『日米学生会議』に参加し、米国学生との交流を機に決意した政治学者への道。
コミュニティの中で人々の政治教育を行い、リーダーシップを醸成していくことが本当の意味でのデモクラシーだと提唱するフランスの政治思想家トクヴィルの発想をもとに、人口減少と高齢化が進む日本社会における地方都市の新たなビジョンの創出に取り組んでいる。

宇野 重規(東京大学社会科学研究所教授)
トクヴィルの発想から学ぶデモクラシーを支える地方都市の再生

牛尾
本日はお忙しい中お越しいただき、ありがとうございます。

宇野
お招きいただき、ありがとうございます。

牛尾
宇野さんには2016年から『NIRA総合研究開発機構』の理事を務めていただいて、大変お世話になっていますが、最初にお会いしたのは確か10年ぐらい前ですね。宇野さんが日経新聞で「やさしい経済学」というコラムを連載されているのを読んで、この先生は面白いことを書かれているなと感心して、ぜひお会いして話を伺ってみたいと思ったのです。ちょうど宇野さんがニューヨーク州のイサカにあるコーネル大学に留学されている時で、帰国してからお会いすることになった。

宇野
そうですね。2010年でした。その後、NIRAでお声がけいただいて、以来、牛尾会長とはいろいろな研究でご一緒させていただいて、本当にお世話になっています。

牛尾
宇野さんは東京大学大学院法学部を修了されたけれども、その後、ほかの大学に行かれたのですね。

宇野
はい。1996年に東京大学大学院法学政治学研究科博士課程を修了したあと、日本学術振興会特別研究員、千葉大学法経学部助教授を経て、1999年に現在勤めている東京大学社会科学研究所に助教授として入りました。

牛尾
私も東大法学部の出身で政治学科だったのですが、宇野さんは?

宇野
私は公法でした。実は大学時代は国家公務員、それも外交官になりたかったのです。

私の父も政治学者で、主に中国現代政治を研究していたのですが、50年ぐらい前ですから、当時はまだ中国と自由に行き来できなかったのですね。ですから研究といっても、外交文書や人民日報みたいなものを集めて、切り取りをして、整理してというスタイルでした。家でテレビを見ながら、新聞をチョキチョキ切って貼ってというのを見ていて、「こういう地味な仕事は僕はやりたくないな。もっと世界のあちこちに行って仕事をしたいな」と思っていました。私の世代だと、海外に行って活躍できるというと外交官か商社マンくらいでしたから、自分は外交官になりたいと思ったわけです。東大を3年で中退して、外交官試験を受けて、採用されて、オックスフォード大学やケンブリッジ大学で勉強をする、そういうのに憧れました。

ですが、私の場合は大学3年生の時に寄り道をしてしまったのです。『日米学生会議』という、日本とアメリカの戦争をなんとか防ごうということで戦前に学生たちが始めた団体で、宮沢喜一さんや猪口邦子さんなどがOB、OGにいるのですが、その募集を見て応募して、3年生の時にアメリカに行ったのです。そして4年生になると自分が実行委員になって、アメリカ人の学生と日本人の学生で一緒に京都や広島に行ったり、当時は日米貿易摩擦で農業の市場開放が話題になっていたこともあって、富山県の農家などにホームステイをしたり、というようなことをしていたものですから、外交官試験どころではなくなってしまって。そのあたりから人生が変わってしまいました(笑)。