榛葉 益英

終りの季節

十五
独創的な力強い蕎麦

 京都・哲学の道沿いに佇む一軒の蕎麦屋。『十五』は、亭主が目の前で十割蕎麦を打ち、打ち立てを切り茹で上げるという、ライブ感のある蕎麦屋なのだ。営業時間も10時から17時までと、まさに十五な店である。この店との出合いは、京都の建築家、木島徹氏が手がける店を見て回ったのがきっかけだ。数寄屋造りの店内はカウンター席のみ。一枚板のカウンターはシンプルで美しく、土壁に包まれた空間は凛とした気分にさせてくれる。

 私が伺ったのは冬場だからか、釜から白湯をいただいた。釜に入れた水は滑らかな質感で心地いい。こういった気遣いはありがたく思う。

 メニューは、そばがきと蕎麦、ビールと日本酒という、シンプルな内容。まずは、日本酒を注文。炒った蕎麦の実が突き出しで提供される。これを適当につまみながら、そばがきと蕎麦を待つ。

 熱々の土鍋に、ふっくらとしたそばがき。蕎麦粉と水のみのレシピとは思えない、もっちりした食感と素晴らしい蕎麦の香り。見た目は少し強面な亭主だが、話すと無邪気な笑顔が優しく面白い。そして蕎麦を打つ姿勢は真剣そのものだ。

 そばがきを頬張っていると、蕎麦がやってきた。文字では表現できないほどの力強く、生き生きとした蕎麦。まずはそのまま、もしくは塩をつけていただく。薬味はネギと大根の鬼おろし。京風とは違った出汁の効いたつけ汁もいいが、この店の独特な食べ方が、九州の薄口醤油を蕎麦に直接かけていただくのである。これが不思議とマッチしていて美味しい。塩辛くなってしまうのかと不安にもなるが、蕎麦の香りが残り続ける。普通の蕎麦屋では、蕎麦を2枚は平らげる私だが、『十五』の蕎麦は1枚で大変満足させてくれる。

 実はかくいう私も、東京六本木にて木島氏デザインのバーを経営している。こういった諸先輩方の店に伺うと思うのは、素敵な内装や料理も素晴らしいが、何よりプロとしての亭主のこだわりや情熱がこちら側まで伝わってくる。私自身、毎日の営業でそれができているか? と振り返る時間を与えてくれる。今後、著しいITの普及やロボット社会になると言われる中で、何より飲食店は「人」次第だと思う。情報社会で、お客様は欲しい情報がすぐに手に入る。真っ当な店だけが生き残る、そんなよくも悪くも凄い時代になってきている今、私も本物の価値の追求をしていきたい。

 この原稿が掲載されるのは、ちょうど哲学の道沿いに桜の花が咲いている頃。桜を眺めながら美味しい蕎麦はもちろん、素敵な亭主に会いに行くのが今から楽しみで仕方がない。

京都府京都市左京区浄土寺南田町71-6
TEL 非公開

鈴木 ゆたか

映画プロデューサー

こうぜん
海底を彷徨う甲殻類たちを思って

 どんな食材にもどんな人にも味わいがある。工業製品のように同じ機能や品質を求められるものと違ってそれぞれの持ち味がある。野に咲く花のように、みな同じように見えてその実一輪一輪が個性を持っている。そんな個性を味わい楽しむことのできる出会いは、人生の喜びの一つだ。

 ここ、『こうぜん』もまた個性的なお店の一つである。たまに見せる女将の仏頂面すら愛おしい。で、愛おしいといえばカニである。毎年、11月初旬になると日本海ではズワイガニ漁が解禁になり、カニを愛してやまない私には胸躍る季節がやってくる。中でも卵を孕んだ小型の雌カニは、雄の味わいとは一線を画す食味がある。彼女たちはセコガニとか香箱カニと呼ばれ、殻の外側にある外子、胴の中ほどにある内子を持っている。『こうぜん』では北陸の流儀にのっとりセコガニの心体を一度解体し、その甲羅を基礎に詰め直し提供される。その工程は、一度甲羅を外し、脚部をもぎ取り、外子を取り外し、体幹に鮮やかな朱色を見せる内子を取り分けるところから始まる。甲羅の裏側にある味噌をスプーンか何かで刮(こそ)いで整地し、その上に軟骨部分に仕切られた胴身を食感を損なわないよう取り外し、整地された味噌の上に再構築してゆく。さらに、脚部の第三関節の先まで丁寧に包丁を入れ、一本一本見事に切り出された床柱のような身を静かに横たえ甲羅の開口部に蓋をしてゆく。さて、外子と内子の取扱いだが、この胴身と脚身のアンサンブルを最大に生かすよう絶妙に配置される。整地された味噌と胴身の間に内子を、橙に輝くツブツブの外子を胴身と脚身の間に忍ばせてあるのだ。『カヴァレリア・ルスティカーナ』間奏曲の美しいメロディと鏡写しのように、聞く者、食べる者を酔わせてゆく。

 今シーズンはもうその季節は去ってしまった。しかし、その味を味わうことを楽しみに一年を過ごすこともまた人生の味わいだ。カウンター席に活けられた草花は、季節の移ろいを見せ、春には春の花を夏には夏の彩りを。女将の心持ちと共に移ろってゆく。そんな風情を肴に、日本海の海底を彷徨うカニたちの姿を妄想しながら、来シーズンを待とうとしよう。

 そして、酔いのお供は青森『西田酒造』の「田(でん)酒(しゅ)」を徳利で二合半、が良い。

東京都世田谷区北沢2-33-2 第二周和ビル1階
TEL 03(3485)1642