フクナガコウジ

グラフィックデザイナー

屯風
強い台風の去っていった夜に

 西武国分寺線・鷹の台駅前にある『小出畜産』は、すぐに食べる場合に限り惣菜類に希望の調味料をかけてくれる店で、「チキンカツ」にオーロラソースというのが僕の定番だった。

 と、ある日、「おばちゃん! チキンカツ、塩コショウで!」と疾風(はやて)のように少年が現れた。それ以来、新潟の『とんかつ太郎』に出合うまで、執拗に「フライには塩コショウだ!」と拘泥(こうでい)していたことを塩コショウを見るたびに思い出す(横浜・野毛にある中華料理屋『萬里(ばんり)』のハード・ボイルドならぬハード・フライドな「肉揚げ団子」を注文するときはとくに。ちなみに、『萬里』は小皿メニューが充実しているので、タレと両方を注文するという手もあるが、最近は塩コショウ一択だ。ほかに「とりそば」や「焼餃子」、八角の香りが効いた「蒸し肉」もうまい)。

 塩コショウといえば、2011年に初めて訪れた、京都・百万遍を北にちょっと上ったビルの3階にあった小さな居酒屋を思い出す(その後、聖護院東町に移転)。売り切れでない限り、行けば必ず食べる「天然ぶりのカマ焼き」は、塩と強めに振った粗挽き黒コショウで味付けされ、その味はオーソドックスでありながらも、他の塩コショウ使いとは一線を画すアヴァンギャルドな美味しさなのである。

 ほかにも、店主・とんぺいさんのアイデア溢れる〝男子料理〟が沢山ある。醤油らしきもの3種と胡麻油、柚子七味をかけた「あげ豆腐」や、揚げ玉を散りばめた「マグロのヅケ丼」、いわゆる京都の澄んだ出汁ではない褐色の出汁が染み染みの種に八丁味噌をつけて食べる看板メニューの「おでん」(「自家製つみれ」「玉子」「大根」「玉ねぎまるまる」が好き)など、どれも普通のようで普通ではないキッチュで堂々とした味に頬が落ちる。

 そして、落語家でもあるとんぺいさんならではのネーミング「コンコンステーキ」や、丁寧に盛られたお造り、それらを、奄美のラム酒「ルリカケス」と彼の鼻歌とともに頬を緩ませながらゆっくりと味わう。

 一乗寺・曼殊院道の金色に輝く夕日と、とんぺいさんから京都の魅力を教えてもらった8年前の秋。今でも僕はその味のある街とそこに暮らす人々に夢中だ。

 先にも後にもないワクワクをくれる〝とんぺい節〟。年中春夏冬(あきない)、いつまでも京都で一番イケてる味。

京都市左京区聖護院東町1-2
TEL 075(751)5240

手塚 雅彦

放送作家

ナノハナ麻布十番
洗練と日常が共存する
麻布十番のオアシス

 麻布十番の商店街から、一本裏手。和食の名店も店を構えるこの通りに、目的の店がある。

 夜8時、日中は和菓子屋として賑わう店が、 バーへと姿を変える時間。窓から通りへと溢れる明かりが、通行人の足元を照らす。店の前には、主張しない手書きの看板が一枚。その奥ゆかしさに誘われて、ついついガラス戸を開けてしまう。

 古民家がリノベーションされた店内は、コンクリート打ちっ放しの一枚カウンターと小さなテーブル席が2つ。狭すぎず、広すぎず、自分の隠れ家とするにはうってつけの空間だ。

 店を切り盛りするのは、九州男児のオーナーと小気味良い女性スタッフたち。客に合わせ緩急をつけながら会話のテンポを作る様が、店の選手層の厚さを伺わせる。一方で、手元は常にテキパキと。客の知らぬ間に、色々なものが整えられていく。その居心地のよさに、ついつい甘えてしまう。

 カウンターに座ると、おしぼりと共に出されるチャームにまず驚くことだろう。素焼きのミックスナッツにまぶされた、鼻腔を刺激する香り高いトリュフ塩。このチャームの香りが、この店の始まりのチャイムを鳴らすのだ。

 泡が昇るシャンパンから始めるのも良し、日本酒でも、ワインでも焼酎でも、その日の気分に合わせて好きな一杯から味わうと良い。どれもが明瞭会計、安心していっぱい楽しめる。

 おすすめを挙げるとするならば、ハイボール。スコッチウイスキーの名門「バランタイン」を使い、強め炭酸で作り上げられた一杯。ウイスキーの香りの濃さが絶妙なバランスを見せ、薄はりグラスの口当たりの良さも相まって、何杯飲んでも爽やかさを感じさせてくれる。そして最近注目なのが、塩レモン。ジンもしくはウォッカに炭酸、そして塩とレモンというシンプルなレシピ。しかし侮ることなかれ。門外不出のオーナーの塩加減で、リピーターが続出する一品となっている。

 ちょっと自分にご褒美をあげたい日には、店特製のキャビ玉を。白く艶やかなゆで卵が2つにカットされると、垂れるか否かの瀬戸際を見せる絶妙に火入れされた黄身が現れる。そこにオーナー厳選のキャビアをたっぷりと。ケチなことは言わない、九州男児は行動で見せるのだ。一口頬張れば、口の中でキャビアの塩味と黄身のコクが一体化し、至福な味へと変化していく。

 ここは、一見だろうとなかろうと、たどり着く者たちを無条件で「お帰り」と迎えてくれる場所。まさに都会に現れる、オアシス。

東京都港区麻布十番2-8-1 1階・2階
TEL 03(3454)7225