鈴木 ゆたか

映画プロデューサー

こうぜん
海底を彷徨う甲殻類たちを思って

 どんな食材にもどんな人にも味わいがある。工業製品のように同じ機能や品質を求められるものと違ってそれぞれの持ち味がある。野に咲く花のように、みな同じように見えてその実一輪一輪が個性を持っている。そんな個性を味わい楽しむことのできる出会いは、人生の喜びの一つだ。

 ここ、『こうぜん』もまた個性的なお店の一つである。たまに見せる女将の仏頂面すら愛おしい。で、愛おしいといえばカニである。毎年、11月初旬になると日本海ではズワイガニ漁が解禁になり、カニを愛してやまない私には胸躍る季節がやってくる。中でも卵を孕んだ小型の雌カニは、雄の味わいとは一線を画す食味がある。彼女たちはセコガニとか香箱カニと呼ばれ、殻の外側にある外子、胴の中ほどにある内子を持っている。『こうぜん』では北陸の流儀にのっとりセコガニの心体を一度解体し、その甲羅を基礎に詰め直し提供される。その工程は、一度甲羅を外し、脚部をもぎ取り、外子を取り外し、体幹に鮮やかな朱色を見せる内子を取り分けるところから始まる。甲羅の裏側にある味噌をスプーンか何かで刮(こそ)いで整地し、その上に軟骨部分に仕切られた胴身を食感を損なわないよう取り外し、整地された味噌の上に再構築してゆく。さらに、脚部の第三関節の先まで丁寧に包丁を入れ、一本一本見事に切り出された床柱のような身を静かに横たえ甲羅の開口部に蓋をしてゆく。さて、外子と内子の取扱いだが、この胴身と脚身のアンサンブルを最大に生かすよう絶妙に配置される。整地された味噌と胴身の間に内子を、橙に輝くツブツブの外子を胴身と脚身の間に忍ばせてあるのだ。『カヴァレリア・ルスティカーナ』間奏曲の美しいメロディと鏡写しのように、聞く者、食べる者を酔わせてゆく。

 今シーズンはもうその季節は去ってしまった。しかし、その味を味わうことを楽しみに一年を過ごすこともまた人生の味わいだ。カウンター席に活けられた草花は、季節の移ろいを見せ、春には春の花を夏には夏の彩りを。女将の心持ちと共に移ろってゆく。そんな風情を肴に、日本海の海底を彷徨うカニたちの姿を妄想しながら、来シーズンを待とうとしよう。

 そして、酔いのお供は青森『西田酒造』の「田(でん)酒(しゅ)」を徳利で二合半、が良い。

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