茂木友三郎対談


1971年、慶應義塾大学経済学部卒業後、帝人に入社された大八木成男さん。
入社4年後にアメリカのバブソン大学院に留学。
帰国後、医薬事業本部の立ち上げから参加し、2008年に社長に就任するまで33年間一貫してヘルスケア事業に携わり、その事業の発展に大きく貢献された。
今後は、自身が成されてきたことを、将来を担う若い人たちが追体験できるように導いていきたいと語る。

大八木 成男(帝人(株)相談役)
自身の経験を、次世代に伝えていく

茂木
ようこそお越しくださいました。

大八木
お招きいただきまして、ありがとうございます。

茂木
私は帝人とは長いお付き合いをさせていただきました。元会長・社長の安居祥策さんは私と同い年で、尊敬する立派な経営者の一人ですが、安居さんが社長を務められていた時(1997~2001)、「アドバイザリー・ボード」というものを作られて、私もそのメンバーの一人でした。

アドバイザリー・ボードは、指名委員会や報酬委員会の機能を持つと共に、取締役会に対して経営に対する助言や提言を行うことを目的に、1999年に社外の有識者を中心に設置されました。現在は「コーポレートガバナンス・コード」(上場企業が守るべき行動規範)がありますが、帝人は先駆け的な会社で、当時としてはとても画期的でしたし、それを始められた安居さんは立派だと感心しました。

大八木
そうですね。帝人は日本におけるコーポレートガバナンスの走りと言えるかもしれません。1991年に業務提携したデュポン社(アメリカの化学系複合企業)の事業本部体制を取り入れたことから、国内では早くからガバナンス、企業戦略、CSR(企業の社会的責任)に取り組んできました。

茂木
アドバイザリー・ボードのメンバーは、当初の規定では「社外有識者4名以上と、帝人の会長、CEOで構成。原則として社外有識者のうち2名は外国人とする」となっていて、日本人は、私と駐中国大使を務められた國廣道彦さんの2名、外国人は、デュポン社元会長のジョン・エー・クロールさんと、ICI社(イギリスの化学企業)元会長のサー・ロナルド・ハンペルさんの2名でした。定例会は年に2回開催されて、議論は英語で行われました。人の評価をする際、日本人はどうしても遠慮しがちになりますが、外国の方は、良いものは良い、良くないものは良くないとハッキリ言うでしょう、私はその点は素晴らしいと思いましたね。発言の仕方ということにおいて非常に勉強になりました。

それ以降、大八木さんが社長になられた時(2008)も、その前に長島徹さんが社長になられた時(2001)も含め、歴代の社長はアドバイザリー・ボードで選ばれているのですね。

大八木
アドバイザリー・ボードに指名・報酬委員会を設けて、そこで経営トップの選解任や報酬について審議をしています。

茂木
その後、私は社外取締役を仰せつかって、帝人とは通算8年間お付き合いさせていただきました。大八木さんとも経済同友会でご一緒するなど、お付き合いは長いですね。

大八木
そうですね。20年近くになるかと思いますが、大変お世話になっております。